蔚珍名所

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佛影寺

佛影寺は、慶尚北道 蔚珍郡 金剛松面 佛影渓谷路48(下院里122番地)にある。 蔚珍から奉化方向へ国道38号線に沿って太白山脈を越える前、佛影寺渓谷が始まるところにある。 渓谷が美しいだけに佛影寺もこれに劣らず華やかで、古風かつこじんまりとしたきれいな新羅時代の寺院で、特に佛影寺は女性の僧侶しかいない尼寺である。

佛影寺の本来の名前は佛帰寺で、『韓国仏教寺院辞典』にこれに関する伝説が今も記載されている。 佛影寺には歴史が長いだけに、多くの文化財が残っている。指定された文化財としては佛影寺應真殿(宝物第730号)、佛影寺大雄宝殿(宝物第1201号)、「佛影寺 霊山会上図」(1735年、宝物第1272号)、佛影寺三層石塔(慶尚北道有形文化財第135号)、養性堂浮屠(1696年、文化財資料第162号)、 佛影寺佛輦 (慶尚北道有形文化財第397号)、佛影寺佛牌(1678년、慶尚北道有形文化財第398号)がある。  指定された文化財の順でみれば應真殿は、正面3間、側面2間で、内部に柱のない通間の建物で切妻屋根の構造をしている。正面の下人部屋の下には縁側の跡が残っており、法堂に縁側が設置されていた例で、鳳停寺の大雄殿などで見られる。

  • 住所 : 金剛松面 佛影寺ギル 45(下院里 122)
  • お問合せ : 054-783-5004

聖留洞窟(天然記念物第155号)

聖留洞窟は、慶北 蔚珍郡 近南面 邱山里に位置する石灰岩洞窟である。 近南面 邱山里 聖留峰西側の麓にある。英陽郡首比から始まる水と梅花川が合流して洞窟の前を流れる。 佛影渓谷を回ってきた光川に会い王避川を成し、望洋亭がある東海に流れ込む。 「聖仏が留まった」という意味で聖留洞窟と呼ぶ。「仙遊窟」 「撑天窟」 「掌天窟」とも言われた。 聖留洞窟は、奇妙な石灰石がまるで金剛山のようだとし、「地下の金剛」とも呼ばれる。2億5千万の年輪を経た洞窟と推定され、南北へと総長870m 程度穴が開いている。

最大の広場は、幅18m、長さ25m、高さ40mで、水深はおよそ4-20m、温度は15~17℃で、年中ほぼ変化がない。1963年に天然記念物155号に指定された。新羅の神文王の息子の寶川太子が修道し、高麗末に 李穀(李穀)の「関東遊記」、梅月堂の詩、金昌翕の紀聞などが残っている。蔚珍の自然と歴史文化の宝物である。

  • 住所 : 近南面 聖留窟路 225(邱山里 山30)
  • お問合せ 054-782-4006

厚浦港(百年のお客さんのロケ地)、 竹辺港

蔚珍(厚浦~ 鬱陵間)旅客船の運航

厚浦港は、蔚珍ズワイガニ祭り(2月~3月初め)が開かれるズワイガニの中心地で、身がいっぱい詰まったズワイガニを楽しみ、盛り上がる祭りも見ることが出来る。また最近、人気放送中の百年のお客さんのロケ地として脚光を浴びている。稜線に沿って並ぶ竹の森と灯台、東海が広がる美しい竹辺港も活き活きとしたズワイガニを安く食べられる12~5月の間になると、客足が絶えない。

  • 厚浦水協 : 厚浦面 厚浦4街 98
  • 竹辺水協 : 竹辺面 竹辺中央路 202
  • お問合せ : 054-797-1331(厚浦水協), 054-783-7490(竹辺水協)

越松亭(関東八景)

高麗時代に始めて作られた古い楼閣で、1980年代の昔の様式を真似て新しく作り、扁額は崔圭夏前大統領が書いた。越松亭の名称は月光と似合う松森という意味(月松を間違って表記)から由来したという説と、神仙が松の森を飛んで超えるという意味(越松)から由来したという二つの説がある。朝鮮時代の成宗が画工に朝鮮八道で最も風景が優れた東間屋を描くように指示し、越松亭を描いたほど、景色が美しく関東八景の一つに選ばれる。

  • 住所  : 平海邑 越松亭路 517(月松里362-8)
  • お問合せ 054-789-6921

望洋亭(関東八景)

関東八景(關東八景)の一つの望洋亭(望洋亭)は、その位置が高麗の時は、箕城面 望陽里海辺の丘に立っていたが、朝鮮の世宗の時、蔡申保がここの望洋亭が古くなったといい望陽里顯宗山の麓に移したという。その後、1517年暴雨で倒れたのを1518年(中宗13)に按廉使・尹希人が平海郡守・金世瑀に頼み修造し、1860年(哲宗11)に蔚珍県令の李熙虎が郡承・林鶴英と共に今の位置の近南面 山浦里 屯山洞に移して立てたという。

その後、長い歳月の間、暴雨で古くなったのを1957年蔚珍郡、蔚珍教育庁が国・道費補助金と地域の有識者の支援を通じて、1959年9月に修造竣工したのを1979年11月に郡で補修浄化したことがあり、1994年9月に事業費9千1百20万ウォンをかけて再補修した。 望洋亭は、聖留洞窟の前を流れる王避川を挟み東海の広々とした青海原を見渡せる丘の上に立てられ、その景色が関東八景で最も美しいところといい肅宗が『関東第一樓』という親筆の扁額を授けたという。肅宗と正祖が自ら書いた御製詩と鄭樞の望洋亭詩、鄭澈の関東別曲、蔡壽の望洋亭紀などの文書が残っている。

  • 住所 : 近南面 望洋亭路 135-6(山浦里 716-1)
  • お問合せ 054-789-6921